この記事は、2026年夏に行われたインタビューを書き起こしたものです。ビーサンさんは20代のソフトウェアエンジニアで、自社開発の会社で三年、フリーランスで二年働いたのち、メガベンチャーに転職しました。かえるさんはビーサンさんの面接準備をお手伝いしました。お話を聞いたのは、入社から半年が経った頃です。

それ、自作するんだ

例えばですけど、テストカバレッジの計測が問題になっているとするじゃないですか。それを改善する方法として、あるOSSライブラリを使う案と、少しお金を払ってSaaSを使う案が挙がっていて、調べている。このライブラリはちょっとかゆいところに手が届かないから、SaaSでサブスクするのが無難かなー、って、私だったら調査の末にどちらかを選んじゃうんですよ。でも、ウチの新卒は、そう、自分で作ったりするんですよ。生成AIを使って、ブラックボックスのところも絶対あるんですけど、それでも、動く。「それ、自作するんだ!」って驚きます。すごくないですか?私には思いつかない。

インターン生もとても優秀で、少しキャッチアップしただけでさらっといいものを作って去っていくって人がたくさんいます。我が社の開発はインターン生駆動開発、みたいな。

そんなことができる若い人たちがどんどん出てくる。何がすごいって、多分何も怖がってないのかなって思います。私の気持ちは、燃えるね、というよりは、心配だな、のほうです(笑)。

消去法でソフトウェアエンジニアに

大学では臨床工学をやっていました。これをやると、透析みたいな医療機器のメンテナンスを病院の中でやれるようになるっていう学問で、一応それを目指していました。でも、あまり真面目にやらなかったので、それになることはできず。

進路は就職活動のタイミングで初めてちゃんと考えました。もともと目指していた仕事には就けないし、あまり興味もない。じゃあ何をしようと考えたときに、自分のやってきたことだとそんなに選択肢はないなと。営業は無理だし、企画とかも絶対無理だしと、消去法で残ったのがソフトウェアエンジニアでした。一応学部が理系で、プログラミングはちょこっとかじっていたんですよね。

ここで怠けたら人生よくない方に流れるなと感じたので、三ヶ月に絞ってめっちゃたくさん受けました。たくさん受けて、たくさん落ちて、何個か受かって、その中で一番よさそうだなというところに入りました。

会社選びは、当時の自分にできる努力は結構しました。作って納品して終わりというより、プロダクトを継続的に改善していく経験がしたかったので、自社開発の企業に絞って受けていました。

未経験で自社開発ってなかなかないと思われがちですが、ニッチなところを探せば結構ありますよ。私の入った会社はWindowsのデスクトップアプリケーションを作る会社でした。クラウドじゃなくてオンプレミスで管理されている基盤に点在するデータを、いい感じにガッチャンコして、欲しい形にしてどこかにアウトプットするという、ETLと呼ばれる処理をするアプリケーションです。私がいじっていたのは主にユーザーインターフェースの部分で、JavaとかJavaScriptとか書いていました。

就職活動はIT業界の受け皿の広さに救われた感じです。今思っても、当時の自分の知識と判断力なら悪くない選択だったと思います。後悔はそんなしてないです。

丸三年でちょうどいい

この会社で初めて経験したソフトウェアエンジニアという仕事、向いていないと思ったことはないですし、仕事にしちゃ楽しいなと思う瞬間もまあまあありました。結構覚悟をもって始めたというのもありますし、自分はこれを生業としていこうという気持ちは、ここでの三年間で固めた覚えがあります。

ソフトウェア開発そのものについて言うと、小さな改善を一つ一つ積み重ねていくのが昔から結構好きなんですよ。レゴブロックも小さい時大好きだったし。プログラミングは結構それに似ていて、小さい改善を繰り返していって、ある時振り返ってみたら、結構いい感じに育ってきてんじゃん、かわいいなあ、このアプリ、みたいな気持ちになります。

あとは、苦手でもあるんですけど、チームで何かを作るのが好きなんですよね。一人で仕事を任せてもらってがーっと進めるほうがストレスはないし、まあまあのスピードで完成するんですよ。でも、それだとなんだか面白くない。どっちが自分に合ってるのかなあ、というのはいまだに迷ったりします。それでも、人とコミュニケーションを取りながら、ああ、こういうことを考えている人がいるんだ、と思ったりしながら働くのは楽しいですよね。

一方、会社自体は、丸三年でちょうどいいなと思って辞めました。中で数字を見ていると、新規より解約のほうが多かったりして、これはもしや斜陽産業なのでは、と思っていました。もうちょっとクラウドネイティブなものだとか、高トラフィックなものを学ばないと、この先サラリーマンとして昇っていけないなという危機感がありました。

失うものがない赤字社員

経験の幅を広げることが目的でしたから、働き方を変えて、いろんな現場を転々として、世の中にはどういう会社があって、どういう儲け方をしているのかを現場で見ようと、フリーランスになることにしました。

私、一社目で三年働いたとはいっても、その会社で何も積み上げてないし、実質、先輩にくっついていただけで、赤字社員だったと思うんですよ。でもだからこそ、失うものがないから、早いうちにやったほうがよくない?と。

フリーランスって、正社員転職よりハードルが低いんですよね。向こうからしたら、いらないなと思ったらすぐ切れますから。それゆえに面接も一回で済みますし。営業さんを通したマッチングも、もう、数なんですよね。とりあえずどんどん行け行け行け、みたいな感じで。彼らとしても案件を決めた分だけ報酬が入りますから。私としても都合のよい利益構造です(笑)。自分が今持っている武器で、行けそうだなと少しでも思うところをたくさん受けていく感じです。落とされることもいっぱいありましたよ。

とはいえ、当時の私に武器なんてないです。「なんでもやります」で攻めました。入って頑張れば絶対継続できるという自信があったので、とにかく入ってそこから、っていう気持ちでやりました。

およそ二年の間で入った現場は三つくらいです。社長一人とフリーランス数人の会社から、二、三千人規模の大きな企業まで。toCもtoBもあり、狙い通り、幅広い現場経験が積めました。

昔からの夢

昔からの夢に、バックパッカーがありました。だからフリーランスになった瞬間から、これはチャンスだと、いつ行こうか決めてましたね。三ヶ月くらいぷらぷら、ユーラシアを半周です。飛行機でヨーロッパまで行って、そこからだいたい陸路で帰ってくるっていう感じです。

一番のおすすめは、トルコです。トルコはおもしろい。ご飯も美味ければ見るものもたくさんあるし、あと人もいいです。日本人が観光で行って、心を掴まれる要素がふんだんに盛り込まれている国だと思います。

中国も好きですけどね。中国はやっぱり、言い方が難しいですけど、変、なんですよ。なんだろう、社会全体の最適化を目指した結果、人が住んでいない大きなマンションがたくさんあったりして。これをトップダウンでやろうとした人がいるのかー、って思いながら見るとちょっとワクワクします。しかもそういうマンションが意外ときれいだったりするんですよね。絶対に日本では見られない光景だと思います。やっぱりおもしろいですよね。

インドではちょっと怖い思いをしました。40度の熱を出したときは、マラリアとかそういうのを疑うので死の危険を感じました。しかも病院も見た目からして不衛生なんですよ(笑)。

プロダクトを育てる側に行きたいな

帰ってきて、また一年くらいフリーランスとして働いた頃、次を考え始めました。

このまま、いわば指示されるがまま言われたものを作ってるっていうのは、どう頑張っても近いところに天井があるなとは感じていました。それに加えてちょうどその頃、生成AIがどんどん強くなってきている時期で、コードをガンガン書いてくれちゃったりするのを見て、お、これはこれは、と。そろそろ、プロダクトを育てる側に行きたいなーと思い始めました。

私が受けていた案件だと、フリーランスってプロダクトの意思決定に関われないポジションで、かつ、契約の結びつきが薄かったんですよね。コストを削るとなったら真っ先に落とされる人材。肌感、あと五年くらいは持つんだろうけど、五年後に焦って動くんだったら、今動いたほうがいいよなと思って、転職活動を始めました。

大事にした条件の一つは、出社です。フル出社じゃなくてもいいから、会社が強制的に出社しようって言っているところに行きたかった。出社は、行きたい人だけ行けばいい、だと正直あんまり意味ないですよね。みんな手元でどういうことをやってるのかとか、あの人のパソコンどうなってるのかなとかいうのを知りながら、ランチして雑談して、みたいな。そういうところから知識とかアイディアって伝搬してくると思うんですよ。あとは、開発とビジネス側の責務が曖昧な組織がいいなとも思っていました。開発が商談にも出て、こういう使い方してるのね、OK、じゃあこういう改善ループ回せるよね、って開発業務に活かすみたいな。

そういう観点で見ると、受けたい会社はそんなに多くなく、数える程度でした。全部カジュアル面談からスタートして、フィーリングが合ったところを受けました。

お前すごいじゃん

面接の準備、結構大変でしたけどちゃんとやりましたね。土日ずっとスタバにこもって実績の棚卸しです。ひたすらネタを出して、これは使える、これはボツ、の繰り返し。日頃の業務の中では感じにくいけど、よく考えてみたら、あ、これって話したら結構すごいことなんだろうなって思えることって、眠っていると思うんですよね。表に出るインパクトが小さくても、技術の分かる人が見たら「お前すごいじゃん」って言ってもらえることとか。それをひたすら見つける作業をしていました。

当たり前ですけど、辞めた会社のプルリクってもう見られないじゃないですか。ああ、どんなことをやってきたか、メモっとけばよかったなーとか思いながら、ひたすら記憶を辿っていました。自分が作ったプルリクの一覧、最後に持たせてほしいですよね(笑)。

志望動機なんかも準備したんですけど、あれ、正直あんまり聞かれないんですよね。どちらかというと、何で現職を辞めるのかとか、次はどんなことがしたいのかとかを聞かれて、そういうのを組み合わせていくと、面接官の中で私の志望動機が組み上がるんだと思います。

あとはシステムデザインと、「こういうとき、どうした?」みたいな行動の質問ばかりでした。行動面接はもう本当に準備して行ったので、余裕でした。

結果、うまくいった転職です。振り返ってみても失敗はないです。強いて言うなら、一社だけアルゴリズムの問題を解かせる会社に落ちました。あれは準備不足だったと思います。

まだ注射が効いてる

今の会社は、めちゃくちゃマッチしてます。話に聞いていた以上に責務が曖昧で、作るものを決めるところから本当に一緒にやらせてもらってます。そうやって毎日見てりゃ、プロダクトにもだんだん愛着が湧いてきますよ。こんなとこでバグるんだ、こいつ、と思いながら見てますよ(笑)。

自分の価値をどこに作っていくかっていうのは、これから本当に課題です。今のところ戦略は見つかってないんですよね。「何でもやります」、あれはもう多分今一番だめです。何でもやれるAIがいるんで。だからもう、答えはパソコンの外にしかないんじゃないかなって思ってるんですよね。それを今一生懸命考えながら仕事をしています。それで、できそうなことがあったら、手を挙げます。そんな感じでもちろん商談にも出ます。

次の転職は、わからないですけど、飽きたらじゃないですか(笑)。きっといつかは飽きるでしょう。転職って、モチベーションの注射でしかないと思ってるんです。モチベーションが下がったらもう終わりで、何もできない、ただぶら下がってる人になるので。そうなったら場所を変えるしかない。今はまだ注射が効いてます。半年ですからね。全然まだ刺激的ですよ。