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【寄稿】いつか、海外で働きたい

2025年12月1日 • 10 min read • 4,659 words
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文学部卒、製造業の事業責任者を経て、SESからSaaSスタートアップに転職するしょうた🐢さんのお話

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  • 略歴
  • エンジニアを目指すきっかけ
  • SESは実際にどうなのか、個人の感想
  • 次の目標

この記事は、しょうたさんご本人に寄稿いただきました。GAFAがえるさんは職務経歴書の作成や面接準備のお手伝いをしました。

略歴  

まず初めに、私は大学時代は国文学を専攻しており、プログラミングとは全く縁のない界隈にいました。さらにユニークなのは(自分で言うのも何ですが)、学生生活の大半を半板前として過ごしてきました。肩書はただのアルバイトでしたが、ほぼ毎日厨房に入り、仕入れから暖簾をしまうところまでを手伝い、そのスケジュールを軸に授業を組み立てていました。そのため、面接の場などでは多少の誇りを持って「半板前をしてました」と言っています。あと、割愛しますが、こういう文字にならない文化の調査が私の研究テーマでもありました。

大学を出た後は、製造業の会社に就職しました。職人への尊敬があったし、日本で職人が一番多い業界は製造業だろう、という大雑把な進路の決め方でした。しかし、その選択は間違ってなかったようで、仕事自体は楽しいものでした。役職はSCM(サプライチェーンマネジメント)といい、材料の調達から加工、物流、品質まで一気通貫で管理していました。何せ小さい会社だったので、一人で担当する範囲が大きく、やりがいのあるものでした。

私が扱っていたものは、スマホや車載の樹脂部品です。この樹脂がニッチな代物で、どのデバイスでも使われているものの、加工方法や品質管理はあまり知られていませんでした。そして、これが私の武器にもなりました。今の仕事も楽しいけれど、より大きな仕事をしてみたい。できれば今の知識も活用して。転職を意識し始めた私に、真っ先に向こうから声をかけてくれた企業がありました。私はそこに移りました。

ところで「CADDiしなきゃ!」ってご存じですか?製造業の図面プラットフォームを手がける企業のキャッチコピーです。私が入社した時は、プラットフォーム事業はまだ走り出したばかりで、当時の売上のメインは実物の加工部品の商社兼物流ビジネスでした。特に金属部品のDX提案力が強く、そこに樹脂も加えたいと考えていたところ、タイミングよく私が参画することになりました。ゼロベースで樹脂部門を立ち上げ、新しいサプライチェーンを構築することが私のタスクで、結果的に月間数千万の安定受注体制が実現できました。もちろん私の力というより、キャディに在籍するたくさんの優秀な方々あっての成果ではありますが…。

さて、そうは言っても一応、私は主任という立場で樹脂部門をリードしていました。国内のあらゆる加工会社に電話をかけ、「需要に対して供給が追いついていません。一緒に樹脂の加工を始めませんか?作り方はレクチャーします。物流も制御します。」そう言って、前向きなパートナー工場とタッグを組み、新たな生産ラインを用意します。加工や品質は特に心配していませんでした。基本的な設備があって、いくつかの暗黙知を共有すれば、まず問題なく立ち上がります。一方で、物流管理、つまり受発注量や倉庫在庫の計算が、私にとってはとにかく難しかったのです。

この時の経験が、私のエンジニアキャリアの出発点となります。

エンジニアを目指すきっかけ  

物流管理の何が大変か。前職では大量生産品を扱っていたので、例えば、1個の部品を1万pcs受注するのが通常です。しかし、キャディは製造業DXの中でも特に難度の高い少量多品種を扱っていました。なので、100個の部品を10pcsずつ10回に分けて受注する、なんてことがザラにあります。当然、一つ一つ仕様も納期も異なります。基礎的なExcelスキルでは到底さばけない量のデータが、焼夷弾のように毎日降りかかってきます。

私は必要に迫られてSQLとPythonを書くようになりました。別でデータエンジニアの方々がBigQueryの整備をしてくださっていました。彼らに都度、集計までお願いしていては、工数がいくらあっても足りません。私は世の記事を参考に、カオスな実行環境をこさえ、恐る恐るコードを書き始めました。お作法が分からない中、とにかく誤発注を避けたくて、夜通し目視でデータ照会をしたこともあります。

そうこうしている中、2022年11月、ChatGPTがリリースされました。初めて触ったとき、私もご多分に漏れず、大きなショックを受けました。私がのたうち回りながら書いたコードを、その場で一瞬で書かれてしまったのです。当然、仕事で使い始めます。おかげさまで業務効率が大幅に改善された…、とはいきませんでした。AIは私の理解を超えて超速でコードを書いてくれますが、結局、私が理解できないせいで業務に適応できません。コードをコピペして実行しても、エラーを吐くか、責任の取れない出力結果を返すかでした。

事業の立ち上げにおいて、大抵のことは気合いで乗り切れても、エンジニアリングだけはその範疇を超えていました。そして、AIの登場により、そのボトルネックは他のエンジニアの工数から自身のスキルセットに移行する、と考えるようになりました。その時、私は27になる年で、30までの3年間はスキルの修業期間にするのも面白そうでした。立ち上げがひと段落ついた時、本職をエンジニアにするべく次の転職に進みました。

SESは実際にどうなのか、個人の感想  

まず自分の立ち位置を客観的に見ると、私は仕事でSQLを触っていたものの、エンジニアを名乗っての転職はまだできません。自社開発系へのエントリーは無理筋ですし、ITコンサルやIT営業への転職は趣旨から外れています。次の仕事では実務でコードを書いていないといけない、そこで考えた道はSESでした。

そもそもSESとは何か。正式名称は「システムエンジニアリングサービス」といい、エンジニアの技術をクライアント企業に提供する契約形態を指します。SES企業に所属するエンジニアがクライアント企業に派遣され、システム開発やデータ分析などの現場業務を行い、SES企業がその対価を受け取ります。つまり、派遣できる人数が多いほど売上があがる、典型的な労働集約型のビジネスモデルです。頭数が欲しい企業と、多少の技術力を有しコードを書く場を求める私。この構図で転職活動を進め、いくつかの中から最も案件幅が広く、Python/SQLを活かせそうなSES企業を内定承諾しました。

なお、私はキャディの在籍期間に3カ月の短期プログラミングスクールに通っています。経産省の定める「第四次産業革命スキル習得講座認定制度」を活用しました。SQLの実績だけでは物足りない気がして、給付金で割安にPython講座を受講しポートフォリオを作成したのを覚えています。ただ、後から知ったのですが、そもそも実務でコードを書いたことがないままSES企業に入社する人がほとんどだそうです。であれば、このプロセスは不要だった気もしています。結構、体力も使いましたからね…。

私はSESを「エンジニアの最初のキャリアを築く場所」と位置づけており、この捉え方は間違っていないと思っています。周りを見ても、未経験として入社する中途や第二新卒、学生時代に情報系を専攻した訳ではないがエンジニア志向があって入社した新卒、実際にそんな方々が多い印象です。彼らは(私も含め)自身を早く有償化するため、研修を受け、資格を取得し、案件を探します。要はポテンシャルが大事だということです。

ちまたではSESの噂はあまりよろしくありません。「案件を選べない」「キャリアアップしない」「給与が低い」などなど、認めたくなる部分はたくさんあります。私自身、給与は確かに減りました。人に勧めるかと言われれば、微妙なところです。ただ、SESが重要なステップになる人は一定数いるとも思います。一つ振り返って言えるのは、私にとってSESへの決断は、当時の状況からして最も妥当で現実的なものでした。

次の目標  

それからSESで2年活動するうちに、ほしかった資格はあらかた取得できました。基本情報、E資格、Python関連、AWS関連などです。もっと頑張れた気もしましたが、並行で副業も始めていたので、いったんこれで良しとしています。とにかくアウトプットを増やし、エンジニアの基礎体力を鍛えたかった次第です。

その過程で新しい夢もできました。それは、エンジニアとして海外で働きたい、というものです。GAFAがえるさんに行きついたのもちょうどこの頃です。初めての面談では、本当にざっくりと今後どうすべきかの相談をしました。そこで「なぜ、海外に行きたいのか?」と問われ、「ロマンがあり、何となくカッコいいからです」と素直に伝えたところ、「良いと思います(笑)」とすんなり受け入れて貰えたことが印象に残っています。この夢を追いかけてみよう、と自信もうまれました。

初回面談で転職を勧められてはいないのですが、一度持ち帰ってじっくり考えた時、今がきっと転職するタイミングだろうと思い、改めてGAFAがえるさんに伴走支援をご依頼しました。

今回の転職の軸は2つです。ロールモデルを見つけることと、事業をドライブできる環境に移ること。前者はSESによくある悩みで、案件次第では真似るべき先生的な方に出会えず、すべて我流で身につけるしかなく、私が実際そうでした(だから副業も始めたわけですが)。そして後者は、海外へ行くための布石です。エンジニアとして事業レベルで成果を出せれば、どこからでも引く手あまたになるでしょう。もっというと、次に行く企業で海外展開をリードできれば理想です。

もちろん、これにはGAFAがえるさんの教えも反映されています。海外で働くには、英語ができて、技術力があって、仕事ができる人であればいい。シンプルにそれが重要とのことでした。幸いにも私にはビジネス経験があり、小規模ではありますが事業の立ち上げも経験しています。これを自身の強みとしつつ、今度はエンジニアとしてそれを再現すればいい。結局、それが海外への近道だと教えていただきました。

計10社ほどエントリーし、最終的にSaaSを手がける自社開発企業から内定をいただきました。その企業は、先述の私の強みや志向性を高く評価してくれました。GAFAがえるさんの職務経歴書ブラッシュアップのおかげです。あと、年収も少し上がりました(ここもGAFAがえるさんが底上げしてくださいました)。私としては、本当に理想的な転職が実現でき、感謝の気持ちでいっぱいです。

もう一点、転職とは別で、大学院入試も進めました。海外で働く大きな壁に、就労ビザの取得があります。有利とされるSTEM分野の学位(私の場合は情報系)を取ろうと考えています。あとは英語の勉強も始めました。この間、TOEICを受けたら800でした(少し成長)。GAFAがえるさんからは「海外のエンジニアからカジュアル面談に誘われた時、気軽に参加できる状態を目指そう」と方向を示していただいてます。ここのビルド方法は、今後しっかり検討します。

来年からは新しい会社、大学院がスタートし、きっと忙しくなると思います。まだまだ道のりは長いですが、文学部から製造業、エンジニアへと、一見すると脈絡がないように見えるキャリアも、振り返ってみればすべてが繋がっていたようにも感じます。そして今、私は次の目標のスタートラインに立っています。いつか、海外のエンジニアと肩を並べて働ける日が来ることを信じて、今日もコードを書きます。

営業、エンジニア、その次 
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